2018年08月14日

スターダストレビュー(今夜だけきっと)

スターダストレビュー(今夜だけきっと).jpg


スターダストレビュー


1979年、グループ名「(ジプシーと)アレレのレ」として第18回ヤマハポピュラーソングコンテストに出場。

「おらが鎮守の村祭り」で優秀曲賞を受賞。

デビューに際し、グループ名をスターダストレビューに改名。

ジャズのスタンダードナンバー「スターダスト」とグループが持つ多様な音楽性をレビュー形式で披露したい、とのことから。

1981年5月25日、アルバム『STARDUST REVUE』、シングル「シュガーはお年頃」でデビュー。


今夜だけきっと


1986年6月25日にリリースされたスターダストレビューのシングルヒット曲

1986年に発表されたアルバム「VOICE」からのシングルカット。

このシングルがリリースされた1980年代後半は、アルバムがコンスタントにオリコンチャートのベスト10に入り、コンサート動員でも日本武道館のような大規模会場を満員にするなど、スタレビの人気が上昇していた時期であった。

この曲について、スタレビのメンバーはレコーディング時点から相当手ごたえを感じていたようだが、レコード売り上げは「夢伝説」以降では最低の約1万3千枚に留まった。

しかしながら、以後のコンサートでは毎回ここ一番に歌われる定番ナンバーとなっている。

wikipedia

いい曲ですよね!オリコン92位しか行かなかったなんて不思議です。その当時の音楽にマッチしてなかったのでしょうか?

でも時代が変われば曲のイメージも変わります。




にほんブログ村 音楽ブログ 懐メロ邦楽へ
良い曲だと思った人は左斜め上カッチとお願いします





にほんブログ村 音楽ブログ 歌謡曲へ


posted by aritama at 15:17| Comment(0) | 1986年のヒット曲

2018年08月05日

カルメン・マキ(私は風)

カルメン・マキ(私は風).jpg


カルメン・マキ


神奈川県鎌倉市出身の歌手、ロックミュージシャン

アイルランド人とユダヤ人の血を引くアメリカ人の父と日本人の母との間に生まれる。

1968年、私立香蘭女学校高等学校を2年次で中退。

イラストレーターか役者になろうかと考えていた時期に、詩人の寺山修司が主宰していた劇団「天井桟敷」の舞台『青ひげ』にたまたま友人に連れられていった。

その舞台に感銘を受けた彼女は即入団を決意。

同じ年の8月に新宿厚生年金会館での「書を捨てよ町へ出よう」が初舞台。

この時、CBSソニーの関係者の目に止まり、歌手として契約。

芸名の「カルメン・マキ」はこの時期に舞台の練習中にたまたま思いついたものだという。

翌1969年に「時には母のない子のように」でデビュー。

17歳とは思えないその妖艶な雰囲気と歌唱力、そして哀愁のある歌いっぷりが話題を呼んだ。

1972年には当時18歳であったギタリストの春日博文らとともに「カルメン・マキ&OZ」を結成


私は風


1975年カルメン・マキ&OZのファーストアルバム『カルメン・マキ&OZ』に収録されているシングルヒット曲

アルバムは、10万枚以上を売る当時のロックアルバムとしては大ヒットとなった。

このアルバムに収録されている約12分にも及ぶ大作「私は風」は、のちにさまざまな歌手、ミュージシャンにカバーされ、その中でも特に中森明菜のものが有名である。

wikipedia

カルメン・マキは、ジャニス・ジョプリンを聴いて衝撃を受けロックに目覚めたそうです。

この曲を聴くとジャニス・ジョプリンに影響を受けたことがわかりますね

12分間という長い曲ですが、静けさと激しさの二面で作られた良いロックです。

中森明菜のカバー動画ありました。




にほんブログ村 音楽ブログ 懐メロ邦楽へ
良い曲だと思った人は左斜め上カッチとお願いします







にほんブログ村 音楽ブログ 歌謡曲へ


中森明菜


posted by aritama at 14:49| Comment(0) | 1978年のヒット曲