2017年06月01日

C-C-B(Romanticが止まらない)

C-C-B


シーシービーは、1980年代に活躍した日本のロックバンド。

結成当初の名称はCoconut Boys(ココナッツボーイズ)で、C-C-Bはその略称。

1985年中頃からCoconut Boys名義は使用せず、C-C-Bで統一している。

1977年、アマチュアバンドでベーシストとして活動をしていた渡辺に、同バンドのドラマーだった伊藤真視が田口を紹介。

伊藤が脱退するにあたり、中学の後輩だった笠を後任のドラマーに推薦。

以降、3人が顔を合わせる機会が増える。

1982年(昭和57年)、青山に開局したミニFM局「KIDS RADIO STATION」が、夏をイメージさせる新生バンドを、数組結成させ競わせるプロジェクトに、渡辺・笠・関口を含む5人がバンドを組み参加。

その中の一つとして、グループ・サウンズの再来を思わせる「和製ビーチボーイズ」をコンセプトにメンバーが集められ、『Coconut Boys』結成。

しかし、実はメンバー全員、それまでビーチボーイズの音楽を耳にしたことはあれど造詣が深いわけではなく、バンド名や音楽性などメンバーの趣味嗜好は反映されなかった。

結成当初は5人で活動。

同年、KIDS自主制作の企画カセットテープ『RASPBERRY AVENUE』に参加してマイナーデビュー。

1983年、シングル『Candy』でデビュー。

1985年、バンド名をC-C-Bに変更。


Romanticが止まらない


ロマンティックがとまらないは、1985年1月25日にリリースされたC-C-Bの3枚目のシングル

作詞:松本隆 / 作曲:筒美京平

C-C-Bを代表するシングルであり、出世作として知られている。

同曲はバンド解散までにリリースした全シングル曲のなかで最大のセールスを記録している。

バンド名を「Coconut Boys」から「C-C-B」に変更した後の第一弾シングルである。

レコーディングで唯一メンバーが演奏していない楽曲(スタジオミュージシャンが演奏している)。

ドラマ「毎度おさわがせします」の主題歌に起用された。

本作品でヒットに恵まれなかった場合はバンド解散も辞さない覚悟で臨んだ一作である。

そのメインボーカルを委ねられたプレッシャーで、笠は胃痛や不眠に悩まされたという。

また、何度譜面に目を通しても仮歌を聴いても歌詞が頭に入らず、メンバーの田口に協力して貰いレコーディング直前まで繰り返しデモテープを聴きこんだという。

「ザ・ベストテン」では通算100曲目の第1位(1985年4月4日放送)に輝いた。

wikipedia

1985年アルバム「すてきなビート」に収録されている大ヒット曲です。

この曲は、ドラマ主題歌、CM曲、その他いろいろと使用されていますので、誰もが知っている曲と言ってもよいと思います。フライ級元王者内藤大助が入場曲として使用していました。



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すてきなビート

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posted by aritama at 13:20| Comment(0) | 1985年のヒット曲

2017年05月25日

COMPLEX(BE MY BABY)

COMPLEX


コンプレックスは、吉川晃司と元BOØWYのギタリスト、布袋寅泰の2人によって結成された日本の音楽ユニット・バンド。

二人は、布袋の所属していたバンドであるBOØWYのアルバムに吉川が参加、また吉川のアルバムにギタリストとして布袋が参加するなど結成以前から交流があり、1988年12月10日にCOMPLEX結成を発表する。

翌1989年4月にシングル「BE MY BABY」でデビュー。

結成から2年後の1990年11月8日、この日開催の東京ドーム公演をもって無期限の活動休止状態となる。

表向きは活動休止となっているが、事実上の解散である。

COMPLEX結成以前から公私共に付き合いのあり友人関係だった二人だが、COMPLEX後期には関係が悪化していたことは本人達も認めている。

吉川曰く「離婚したような関係」。

その後2人の交流はほとんど無かったが、2005年に布袋のCOMPLEX時代の曲を含むベストアルバムがリリースされた。

また吉川の口からも布袋に関する話題が出るようになり、布袋のライブに吉川から花が贈られることもあった。

2011年4月28日、吉川、布袋双方の公式サイトにおいて21年ぶりに一日限りの復活をすることが発表された。

7月30日、東京ドームにおいて「日本一心」と銘打ったライブを行う。

このライブは3月に発生した東日本大震災のチャリティーライブとして行われ、本公演の収益は同震災の復興、復旧に全額寄付される。

震災後、吉川が布袋に「いつかコンプレックスをやろうと話したこともあり、ならば(震災からの復興を目指している)今しかないだろう」と再結成を呼び掛けたところ、布袋もはじめは「気持ちの整理が付いていない」と返答を保留したが、程なくして「願いは一つ。心は一つ。答えは一つ。やろうぜ!」と再結成を承諾した。


BE MY BABY


ビー・マイ・ベイビーは、1989年4月8日発売のロックユニットCOMPLEXのファースト・シングル

作詞:吉川晃司 作曲:布袋寅泰

リリース後オリコンチャートで1位となり、4月26日にはアルバム『COMPLEX』(1989年)、5月3日にはシングルビデオ「BE MY BABY」をリリースし、全てが1位を獲得しヒット作品となった。

ミュージック・ビデオは白い空間で2人がそれぞれ歌、ギター演奏をするだけのシンプルなものとなっている。

トヨタ自動車のセラやbBのCMソングとしても使われている。

バラエティ番組『R-1ぐらんぷり』のテーマソングとして使用されている。

wikipedia

「日本一心」東日本大震災のチャリティーライブの動画も掲載しました。

二人の若いときの動画もいいですが、2011年のライブ動画もいいですね



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COMPLEX

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posted by aritama at 15:23| Comment(0) | 1989年のヒット曲

2017年05月17日

麻生よう子(逃避行)

麻生よう子


大阪府吹田市出身の元歌手

大阪成蹊女子高等学校1年生の秋、歌手になる事を目指し自ら退学届を提出し上京。

1974年にデビュー曲『逃避行』がロング・ヒットし、その歌唱力が評価されて同年の第16回日本レコード大賞最優秀新人賞を受賞した。

1979年には、グロリア・ゲイナーのカバー曲「恋のサバイバル2」がスマッシュ・ヒット、布施明の「恋のサバイバル -I WILL SURVIVE-」と競作曲になり話題となった。

結婚後は引退し、郷里の大阪吹田に居住しているという。


逃避行


1974年2月21日発売の麻生よう子デビューシングル

作詞:千家和也 作曲:都倉俊一

100位以内には通算27週間ランクインし、14.8万枚のセールスを記録、麻生自身最大のヒット曲となる。

wikipedia

この曲は大ヒットではありませんが、ロングヒットしましたので、私もこの曲も麻生よう子も記憶に残っています。

本人が歌っている動画はありませんでした。曲をお楽しみください。



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エッセンシャル・ベスト 麻生よう子

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posted by aritama at 14:22| Comment(0) | 1974年のヒット曲