2018年11月04日

小柳ルミ子(お久しぶりね)

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お久しぶりね


1983年7月に発売された小柳ルミ子の37枚目のシングルである。

作詞・作曲:杉本真人

発売は1983年7月であったが、約半年がたった翌1984年になって、オリコンチャートでBEST10入りとなる、週間最高8位まで上昇した。

なお現時点で小柳ルミ子自身シングル曲のBEST10入りは、当曲が最後となっている。

バックコーラスは、当時、小柳の担当マネージャーが担当していた。

1983年12月8日放送のTBSテレビ『ザ・ベストテン』の「今週のスポットライト」コーナーで、1980年3月の「来夢来人(ライムライト)」以来、4年近くぶりに同番組に出演。

ザ・ベストテン5位

wikipedia

小柳ルミ子は70年代のアイドル歌手でした。その当時は凄い人気でした。本当に可愛かった。80年代は大人の雰囲気で、セクシーな衣装で歌うことも多かったと思います。ザ・ベストテンの動画掲載しましたが、やはり凄い衣装で登場でした。

この曲は出だしの静かなメロディーから、テンポがよいノリがある曲になっています。カラオケで大人気の曲でした。いい曲ですよ。





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posted by aritama at 16:10| Comment(0) | 小柳ルミ子

2016年06月16日

小柳ルミ子(瀬戸の花嫁)

小柳ルミ子(瀬戸の花嫁).jpg


小柳ルミ子


福岡県福岡市早良区出身の歌手、女優

筑紫女学園中学校卒業後、宝塚音楽学校に入学。以後の2年間は朝9時より夜10時過ぎまで学び、寮の門限である11時擦れ擦れに帰宅する多忙な年月を過ごす。

友人が宝塚音楽学校の先輩にあたる梓みちよの知り合いでその口利きで在学中に渡辺プロダクションに歌手になりたいと願い出る。

渡辺プロは、「宝塚を首席で卒業したら歌手にしてあげる」と回答。言葉通り見事、1970年(昭和45年)に宝塚音楽学校を首席で卒業。

歌手デビューが約束されていたが、初舞台だけは踏みなさいと言われ、そのまま「夏川るみ」の名で宝塚歌劇団に入団し、2ヶ月で退団した。

歌手デビューを当初から念頭においており、小柳にとって宝塚は歌や演技の鍛錬を積むためのいわゆる腰掛けであった。

退団した同年の1970年、歌手デビューの前に顔を売るためにNHK連続テレビ小説『虹』で女優としてデビュー。

翌1971年(昭和46年)4月25日にはワーナー・ブラザーズ・パイオニア(現在のワーナーミュージック・ジャパン)の邦楽部門初の歌手として契約。

作曲家平尾昌晃のプロデュースにより「わたしの城下町」で歌手デビューし、160万枚の大ヒットとなる。


瀬戸の花嫁


作詞:山上路夫/作曲:平尾昌晃

1972年4月に発表された4枚目のシングルである。週間オリコンチャート首位を獲得した

瀬戸内海を代表するご当地ソングである。瀬戸内海の小島へ嫁が嫁ぐ様・心情と、新生活への決意が歌われている。

wikipedia

小柳ルミ子といえば(瀬戸の花嫁)が一番に思い出されます。




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posted by aritama at 14:31| Comment(0) | 小柳ルミ子