2017年05月25日

COMPLEX(BE MY BABY)

COMPLEX


コンプレックスは、吉川晃司と元BOØWYのギタリスト、布袋寅泰の2人によって結成された日本の音楽ユニット・バンド。

二人は、布袋の所属していたバンドであるBOØWYのアルバムに吉川が参加、また吉川のアルバムにギタリストとして布袋が参加するなど結成以前から交流があり、1988年12月10日にCOMPLEX結成を発表する。

翌1989年4月にシングル「BE MY BABY」でデビュー。

結成から2年後の1990年11月8日、この日開催の東京ドーム公演をもって無期限の活動休止状態となる。

表向きは活動休止となっているが、事実上の解散である。

COMPLEX結成以前から公私共に付き合いのあり友人関係だった二人だが、COMPLEX後期には関係が悪化していたことは本人達も認めている。

吉川曰く「離婚したような関係」。

その後2人の交流はほとんど無かったが、2005年に布袋のCOMPLEX時代の曲を含むベストアルバムがリリースされた。

また吉川の口からも布袋に関する話題が出るようになり、布袋のライブに吉川から花が贈られることもあった。

2011年4月28日、吉川、布袋双方の公式サイトにおいて21年ぶりに一日限りの復活をすることが発表された。

7月30日、東京ドームにおいて「日本一心」と銘打ったライブを行う。

このライブは3月に発生した東日本大震災のチャリティーライブとして行われ、本公演の収益は同震災の復興、復旧に全額寄付される。

震災後、吉川が布袋に「いつかコンプレックスをやろうと話したこともあり、ならば(震災からの復興を目指している)今しかないだろう」と再結成を呼び掛けたところ、布袋もはじめは「気持ちの整理が付いていない」と返答を保留したが、程なくして「願いは一つ。心は一つ。答えは一つ。やろうぜ!」と再結成を承諾した。


BE MY BABY


ビー・マイ・ベイビーは、1989年4月8日発売のロックユニットCOMPLEXのファースト・シングル

作詞:吉川晃司 作曲:布袋寅泰

リリース後オリコンチャートで1位となり、4月26日にはアルバム『COMPLEX』(1989年)、5月3日にはシングルビデオ「BE MY BABY」をリリースし、全てが1位を獲得しヒット作品となった。

ミュージック・ビデオは白い空間で2人がそれぞれ歌、ギター演奏をするだけのシンプルなものとなっている。

トヨタ自動車のセラやbBのCMソングとしても使われている。

バラエティ番組『R-1ぐらんぷり』のテーマソングとして使用されている。

wikipedia

「日本一心」東日本大震災のチャリティーライブの動画も掲載しました。

二人の若いときの動画もいいですが、2011年のライブ動画もいいですね



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COMPLEX

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posted by aritama at 15:23| Comment(0) | 1989年のヒット曲

2017年02月14日

永井真理子(ミラクル・ガール)

永井真理子


静岡県御殿場市出身のミュージシャン・歌手

永井の実家は静岡県御殿場市で美容室を営んでいたが、父が病気であったことや家庭を思い美容室を継ぐか迷っていた。

しかし母により、広い世界を見てそれから自身の人生を選択するように助言され、子供が好きなこともあり、まずは保育士を目指して大学進学とともに上京する。

都内での暮らしは楽なものではなかったが、自身には夢があり、そのような暮らしは苦にならなかったという。

大学では音楽活動もしたいと思っており、知り合いの紹介で中央大学のバンド「WIZARD」にコーラスとして加わる。

やがて「WIZARD」のボーカルが辞め、永井がボーカルを務めることになった。

このバンドでの経験により、永井は音楽の世界に魅せられその活動に没頭した。

ところが、後に「WIZARD」は解散してしまう。

永井は音楽を諦められず、自ら後に契約することになるファンハウスへデモテープを持参した。

デモテープを聴いた同社の音楽関係者から好感触を得て、永井の通っていた大学の学園祭で、自身のライブを見てもらうことになった。

永井は即席のバンド「Dance」を結成しライブを行ったが、この中には後に永井に多くの楽曲を提供することになる前田克樹の姿もあった。

ライブの翌日に音楽関係者より連絡があり、デビューを前提にアルバム上機嫌の制作を行うことになった。

ただ、大学は辞めずにレコーディングなどを行い、大学卒業後の1987年にファンハウスより「oh,ムーンライト」でデビューした。

デビュー後の1980年代後半から1990年代前半にかけ、ボーイッシュな雰囲気で人気を得て、「ミラクル・ガール」、「ZUTTO」など多くのヒット曲を生んだ。

wikipedia

ミラクル・ガール


1989年10月1日発売の永井真理子9枚目のシングル

作詞:亜伊林 作曲:藤井宏一

オリコン9位

1990年アルバム『Catch Ball』(キャッチボール)に収録されている大ヒット曲

永井真理子は、ボーイッシュな雰囲気で人気だったのですが、今見ると本当に男の子みたいですね!

髪型もまことちゃんみたいです!!

曲はいい曲ですよ、声は女性らしい声です。



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Catch Ball

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posted by aritama at 15:28| Comment(0) | 1989年のヒット曲

2017年01月27日

GO-BANG'S(あいにきて I・NEED・YOU!)

GO-BANG'S


ゴーバンズは、1980年代後期から1990年代初期にかけて活動したロックバンド。

メンバー全員が北海道出身のガールズバンド。

一時期ギタリストが所属していた頃もあったが、メジャーデビュー時には森若、谷島、斉藤の3人編成となっていた。

バンド名は、陣内孝則がボーカルのバンド「ザ・ロッカーズ」のファンだった森若が、ザ・ロッカーズの楽曲「バチラスボンブ(細菌爆弾)」の中に出てくる「Go-Bang」という歌詞から採った。

1983年に結成される。

結成後、地元である札幌市を拠点として活動していたが、森若が親の転勤により東京に行くことになりバンドは自然消滅状態に。

バンドは自分たちの音楽活動の記念として曲をテープに録ってライブハウスに残した。

このテープを、たまたまプライベートで札幌に居合わせ、同ライブハウスを訪れたRCサクセションの忌野清志郎が聞いた。

その時、忌野が放った一言「いいじゃん!!」をきっかけに、メンバーは上京を決心する。

先に東京に住んでいた森若以外のメンバーを、忌野清志郎が呼び寄せるかたちで、東京での活動が始まる。

まだアマチュアバンドだったGO-BANG'Sのデモテープ制作や演奏方法に、RCサクセションのメンバーも色々親身になってアドバイスし、後に「これがプロデビューの大きなきっかけになった」と森若は語っている。

1988年5月、アルバム『ゴーバニックランド』でメジャーデビュー。


あいにきて I・NEED・YOU!


1989年12月27日発売のGO-BANG'S5枚目のシングル、アルバム「グレイテスト ビーナス」に収録されている

作詞・作曲:森若香織

アルペンのCFソング。自身最大のヒット曲となった。「ミュージックステーション」「歌のトップテン」などに初出演した。

オリコン初登場は3位で、発売2週目と5週目に最高位の2位を記録。

wikipedia

この曲は覚えていますね、その当時アルペンのCFがよくTVで流れていたと思います。バブル時代はスキーが大人気でした。



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グレイテスト・ビーナス

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posted by aritama at 14:53| Comment(0) | 1989年のヒット曲