2017年01月12日

立花理佐(大人はわかってくれない)

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立花理佐


大阪府大阪市西成区出身の歌手、女優、タレント

小さい頃から芸能界に憧れ、タレント養成所ジャパン・アーチスト・オフィスに入所しレッスンを積み、1986年、『第1回 ロッテ CMアイドルはキミだ!コンテスト』でグランプリを獲得。

白石まるみが1982年に発売したデビュー曲「オリオン座の向こう」(作詞:呉田軽穂、作曲・編曲:松任谷正隆)をカバーしてデビューする予定で準備を進めていた。

立花のもとにTBS系連続ドラマ『毎度おさわがせしますIII』の主人公のオーディション話が舞い込んできた(後藤久美子が主演を降板したため)。

このドラマからトップアイドルに登り詰めた中山美穂に続きたいと思い、オーディションに臨み、見事に主役の座を勝ち取った(故に前述の曲でのデビューはお蔵入りとなった)。

1987年4月1日「疑問」でデビュー。キャッチ・コピーは『15才(フィフティーン)神話……理佐』。


大人はわかってくれない


1987年7月22日に発売された立花理佐の2枚目のシングル

作詞:湯川れい子、作曲:かまやつひろし

オリコン3位

ザ・ベストテン、1987年8月13日放送時に第9位で1週のみランクインした。

wikipedia

立花理佐は、人気があったんですね!デビュー曲から6枚目のシングルまで、すべてベストテンに入ってます。

ドラマ『毎度おさわがせしますIII』も大人気で過激なドラマでした。




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posted by aritama at 15:21| Comment(0) | 1987年のヒット曲

2016年12月18日

萩原健一(愚か者よ)

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萩原健一


埼玉県北足立郡与野町(現:さいたま市中央区)出身の俳優・歌手、ニックネームは「ショーケン」

高等学校在学中、埼玉県大宮市でスカウトされ、ザ・スパイダースの弟分バンドザ・テンプターズのヴォーカリストとして1967年に16歳でデビュー。

「神様お願い!」「エメラルドの伝説」など次々とヒット曲を飛ばして人気を得る。

解散後井上堯之、大野克夫、沢田研二、岸部一徳、大口広司らでPYG(ピッグ)を結成する。

各種ロックフェスティバルやテレビ出演などもこなしたが、音楽活動よりも映画監督を志すようになる。

1972年に製作された松竹映画『約束』の製作現場に、助監督として参加。

しかし元の主演俳優が降板してしまったことを受けて、代役に抜擢される。

『約束』での岸惠子との共演は高い評価を得、これを機にPYGの活動を続けながら俳優へと本格的に転身。

TVドラマ『太陽にほえろ!』の初代新人刑事=マカロニ役でその人気を決定付ける。

1972年12月をもって音楽活動を停止(これによりPYGは事実上解散)。

1974年には名匠・神代辰巳 とのコンビによる映画『青春の蹉跌』でキネマ旬報の最優秀主演男優賞を受賞。

続いて日本テレビ系のテレビドラマ『傷だらけの天使』、倉本聰脚本の『前略おふくろ様』と連続してドラマ作品に主演した。

1975年には初のソロアルバム『惚れた』をリリース。これをもって音楽活動を再開


愚か者よ


1987年1月21日に発売された萩原健一のシングル

作詞: 伊達歩、作曲: 井上堯之

近藤真彦「愚か者」との競作(萩原版の曲名は「愚か者よ」。また歌詞の一部と編曲者が異なり、萩原版は井上堯之が編曲も兼ねている)

wikipedia

近藤真彦の「愚か者」は大ヒットでした。ショーケンの(愚か者よ)は大ヒットではないですが、ショーケンらしい個性あふれた曲になっています。

ショーケンて歌うときはホントに変わった歌い方、動作をしますね





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posted by aritama at 14:10| Comment(0) | 1987年のヒット曲