2017年10月15日

河島英五(時代おくれ)

時代おくれ


1986年8月27日に発売された河島英五のシングルレコード

作詞: 阿久悠、作曲: 森田公一

河島英五のCBS・ソニー移籍第1弾として発表されたシングル盤である。

オリコン誌でのチャート・アクションは目立った記録を残してはいないが、同年の『日本有線大賞』では「特別賞」を受賞した。

その表題曲「時代おくれ」は白鶴酒造のコマーシャルソングに起用された楽曲で、酒場を舞台に、自身の生き様を静かに見つめ考える男性の心情を描いている。

発売年である1986年は、のちにバブル景気などと呼ばれる空前の好景気の入口にあたり、流行を追った「トレンド」なる言葉がはやりつつあった時代のさなか、「時代おくれの男になりたい」とあえて綴られた歌詞が特徴のひとつとして挙げられる。

「酒と泪と男と女」と並び、河島英五の代表曲のひとつになっている。

wikipedia

いい曲ですね!確かにバブル時代にこの曲を聴いても、今ほどいい曲だとは思わなかったかもしれません。時代おくれというタイトル通り、もしこの曲が70年代に出ていたら大ヒットしていたかもしれないですね

逆に90年代でもヒットしていたかもしれないです。

1986年では77位でしたが、その後何十年と愛された曲なのではないかと思います。





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時代おくれ

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posted by aritama at 15:51| Comment(0) | 1986年のヒット曲

2017年08月08日

1986オメガトライブ(君は1000%)

1986オメガトライブ


1986年、前オメガトライブに在籍していた高島信二(ギター)、西原俊次(キーボード)に加え、新たに日系ブラジル人のカルロス・トシキ、菊池桃子、岩崎宏美のバックバンド(パイナップル・カンパニー)でギターを担当していた黒川照家を迎えて、プロデューサー藤田の第2弾プロジェクト『1986オメガトライブ』(ナインティーンエイティシックス - )としてデビュー。

1988年3月、黒川がバンドを脱退する。

グループ名を『カルロス・トシキ&オメガトライブ』に変更する。

改名の理由として、「黒川が脱退した以上、1986オメガトライブではなくなった」ことと、「(1986という)ネーミングが古くなってきた」ことが挙げられている。


カルロス・トシキ

ブラジル南部にあるパラナ州マリンガ出身の日系ブラジル人歌手

レストラン経営をする両親の元で育つ。

幼少時代はアメリカンポップスから日本の歌謡曲まで幅広く聞いて過ごし、小学校時代はコーラス部に所属。

9歳時にパラナ州歌謡大賞・童謡の部で優勝、ブラジル歌謡協会主催の全ブラジルに出場し16歳時に少年の部で優勝、17歳時に青年の部で西城秀樹の「ブルースカイブルー」を歌い優勝するなどの経歴を持ち、ブラジルの日系人社会では「歌のうまいトシキ」として有名であった。

1982年に来日し、CARLOS名義でソロのシングル盤「ルシア」でデビューする。


君は1000%


1986年5月1日にリリースされた1986オメガトライブのデビューシングル。

作詞: 有川正沙子、作曲: 和泉常寛

1986オメガトライブの知名度を上げた唯一の一曲であり、カルロス・トシキ在籍時のオメガトライブの代表曲である

「土曜グランド劇場」“新・熱中時代宣言”主題歌

この曲は、藤田浩一とのオーディションに合格し、事務所と契約を交わしたあと、藤田より「カルロスをもっと知りたいから一緒にハワイに行こう」と言われハワイに行き藤田と過ごしている際、藤田より「ポルトガル語と日本語の似てる言葉はありますか?」と聞かれて、カルロスが「日本語の1000(せん)は、ブラジルの100。100%は1000%です」と答えると、藤田より「それはおもしろい」ということになり、曲のタイトルが決まり、その場で藤田が作詞家に連絡して、「タイトルは『君は1000%』」というタイトルでの作詞を依頼した。

wikipedia

杉山清貴&オメガトライブの次が1986オメガトライブで、そしてカルロス・トシキ&オメガトライブになったんですね

杉山清貴のときのオメガトライブも人気がありましたが、カルロス・トシキに変わってからもヒット曲を連発しました。ベストテンに入った曲が6曲もあまります。

曲も良いのですが、カルロス・トシキの声に魅力がありますね

この曲がヒットしたのは覚えています。君は1000%という歌詞の部分が印象的です。



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プレミアム・ベスト 1986オメガトライブ/カルロス・トシキ&オメガトライブ

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posted by aritama at 14:55| Comment(0) | 1986年のヒット曲

2017年03月01日

子供ばんど(たどりついたらいつも雨ふり)

子供ばんど


1973年に結成し、1980年にデビューしたハードロックバンド。

1988年に活動停止したが、2011年に活動再開した。

1973年 うじきつよしが高校時代に「子供ばんど」結成。

1979年 ヤマハ主催の『EastWest』に出場し、グランプリを受賞。

個人でも、うじき、谷平がベストギタリスト賞を、山戸がベストドラマー賞を受賞。湯川は助っ人として参加。

1980年 キャニオンレコードからファーストアルバム『WE LOVE 子供ばんど』でデビュー。

湯川が正式メンバーとなる。

1983年 EPICソニーへ移籍。

リック・デリンジャーのプロデュースのもと、アルバム『HEART BREAK KIDS』をリリース。

さらにアメリカでミニアルバム『Yes ! We are KODOMO BAND』発売、シングル『JUKE BOX ROCK'N' ROLLER』をリリース。


たどりついたらいつも雨ふり


1972年7月5日発売のザ・モップスの12枚目のシングルで、1986年に子供ばんどがカバーしヒットさせた。

作詞・作曲:吉田拓郎

元々は吉田拓郎がアマチュア時代に所属していたGSバンド「ダウンタウンズ」の曲で『第2回ヤマハ・ライト・ミュージック・コンテスト』に出場した際に演奏していた曲である。

1986年子供ばんどアルバム「NO GIMMICK」に収録されている。

wikipedia

この曲は、吉田拓郎がセルフカバーし1972年のアルバム『元気です。』に収録されています。

『元気です。』は私もLPをその当時買って、よくこの(たどりついたらいつも雨ふり)を聴きました。

ザ・モップス、子供ばんど、その他多くの歌手がカバーしています。



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NO GIMMICK

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氷室京介の(たどりついたらいつも雨ふり)

posted by aritama at 15:19| Comment(0) | 1986年のヒット曲