2019年10月04日

クールス(恋のテディー・ボーイ)




クールス


COOLSは、1975年に結成されたロックバンド

東京原宿において1974年12月、舘ひろしをリーダーに、岩城滉一をサブリーダーに、および岩城の学生時代からの友人であった佐藤秀光らで結成されたモーターサイクルチームが原点。

結成に際して「このチームはリーダー(舘ひろし)の独裁により運営される」という血判状を作成したという。

当時舘ひろしはカワサキのZIIに乗っていた。

チーム結成当時の人数は21人で、メンバー全員リーゼント・黒の革ジャンパー・黒または青のジーンズ・黒のオートバイで統一された。

「黒」というカラーにこだわったのは、舘ひろしが学生時代にラグビー部の主将をしていて、ラグビーNZ代表「オールブラックス」が好きだったからといわれている。

表参道から交差点近くにあった原宿レオンという多くのクリエイターが出入りするカフェが溜り場で、店の前に黒いオートバイを数台並べている様は大変注目を集めたという。

当初、舘ひろしはバンド結成については否定的であったが、熱心なキングレコードの若手社員に説得され、「チームのメンバーを食べさせていくため。」として、バンド結成を決意する。

1975年9月、チームの中から選抜された7名とバンド結成から参加の大久保喜市の計8名で、アメリカンロックンロールバンド「クールス(COOLS)」としてシングル「紫のハイウェイ」でデビュー。


恋のテディー・ボーイ


1976年7月に発売されたクールスの三枚目のシングルヒット曲

Wikipedia

この曲の作詞・作曲は、洋楽の方に掲載した大木トオルです。

大木トオルは、ブルースでアメリカで有名になる以前に、日本でクールスをプロデュースしたそうです。ブルースの大木トオルがロックンロールを提供しました。

この曲は、1976年映画「暴力教室」の主題歌です。クールスも出演していて、舘ひろしの映画デビュー作品で、クールスは不良生徒役で先生役が松田優作です。






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posted by aritama at 14:11| Comment(0) | 1976年のヒット曲

2019年05月09日

森田童子(ぼくたちの失敗)

森田童子(ぼくたちの失敗).jpg


森田童子


東京都出身の女性シンガーソングライター

全共闘などの学園闘争が吹き荒れる時代に友人が逮捕されたことをきっかけに、1970年に高校を中退。

気ままな生活を送っていたが、20歳のとき友人の死をきっかけに歌い始める(この亡くなった友人をモチーフにした曲が、1975年10月に発売されたシングルレコード、デビュー曲となる「さよなら ぼくの ともだち」である)。

ライブハウスデビューは1973年の西荻窪ロフトであった。

以後主にライブハウスを中心に活動する。

1983年までにアルバム7枚、シングル4枚をリリースし、同年のアルバム『狼少年 wolf boy』と新宿ロフトでのライブを最後に、引退を宣言することなく活動を休止する。

カーリーヘアにサングラス、男性的な服装というスタイルが特徴で、コンサートはもちろんレコードジャケットなどでも素顔を見せることはなかった。

森田童子は芸名であり、本名は非公開。芸名は笛吹童子に由来

加えて実生活についてもほとんど公表せず、作詞した歌詞の内容もありのままの実体験ではなく願望を投影したものであるとしており、普段も寡黙で、独特の世界観を表現した作品に生活感を滲ませることを避けていた。


ぼくたちの失敗


1976年11月21日に発売された森田童子のシングルレコード、2ndアルバム『マザー・スカイ』に収録されている。

作詞・作曲:森田童子

1993年のテレビドラマ『高校教師』の主題歌に使用されたことで、一躍脚光を浴びることとなった。

引退して10年後に、そのテーマによって物議を醸したドラマの主題歌となったことで、すでに引退していた森田本人も予想しない形でリバイバルヒットとなった。

このヒットをきっかけにベスト盤の発売が企画され、またオリジナルアルバムもすべてCD化された。

1988年に初期の作品4枚は既にCD化されていたが、1993年にはすでに廃盤となっていたため、改めて全作品が再発売された。

1993年のヒットを受けて復帰の要望もあったと言われるが、森田本人にはすでにその意思はなく、取材にもほとんど応じなかったため、結局何の音沙汰もないままヒットしたことが独り歩きした状態となる。

2003年には再び「高校教師」がリメイクされ、同ドラマの主題歌に同じ曲が使われた。

wikipedia

森田童子(もりた どうじ)という名前とカーリーヘアにサングラスで、初めて見たときは男性かと思いました。曲を聴くと可愛らしい声の女性ですね

「高校教師」はドラマの人気も高く、映画も作られましたので、この曲を知っている人は多い気がします。ただ43年も前の曲だと知っている人は少ないのかもしれません。

mondialito(モンディアリート)という日本のバンドが「notre echec」という曲名でこの曲をフランス語でカバーしていました。ボーカルのjunkoはフランス在住であり、本人による歌詞の殆どがフランス語であるとのことでした。フランス語もこの曲に凄く合いますね!


この曲「ぼくたちの失敗」にはライブ映像やオフショットなどで編集されたビデオクリップ(モノクロ映像)が存在している。

これは1980年に東京12チャンネルで放送された森田童子の特集番組の映像を素材として、2003年に東芝EMIが作成したものである。この番組内では「ぼくたちの失敗」は演奏されていないため、ライブシーンに使われた映像は、実は「ラスト・ワルツ」を演奏している映像である。

とのことで、たぶん掲載した動画がそれなのではないかと思います。




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notre echec


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posted by aritama at 15:00| Comment(0) | 1976年のヒット曲