2017年05月17日

麻生よう子(逃避行)

麻生よう子(逃避行).jpg


麻生よう子


大阪府吹田市出身の元歌手

大阪成蹊女子高等学校1年生の秋、歌手になる事を目指し自ら退学届を提出し上京。

1974年にデビュー曲『逃避行』がロング・ヒットし、その歌唱力が評価されて同年の第16回日本レコード大賞最優秀新人賞を受賞した。

1979年には、グロリア・ゲイナーのカバー曲「恋のサバイバル2」がスマッシュ・ヒット、布施明の「恋のサバイバル -I WILL SURVIVE-」と競作曲になり話題となった。

結婚後は引退し、郷里の大阪吹田に居住しているという。


逃避行


1974年2月21日発売の麻生よう子デビューシングル

作詞:千家和也 作曲:都倉俊一

100位以内には通算27週間ランクインし、14.8万枚のセールスを記録、麻生自身最大のヒット曲となる。

wikipedia

この曲は大ヒットではありませんが、ロングヒットしましたので、私もこの曲も麻生よう子も記憶に残っています。

本人が歌っている動画はありませんでした。曲をお楽しみください。




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posted by aritama at 14:22| Comment(0) | 1974年のヒット曲

2016年12月12日

伊藤咲子(ひまわり娘)

伊藤咲子


東京都出身の歌手

1973年 15歳で、日本テレビのオーディション番組「スター誕生!」優勝を機に芸能界へ。

1976年 シングル「想い出のセンチメンタル・シティ」の発売と同時に、デビュー以来のシングル盤の総数(プレス枚数または出荷枚数)が200万枚を突破したと東芝EMIから発表された。

1984年 デビュー10周年を記念して写真集を出版。

1989年 実業家と結婚、歌手活動を休止。

歌手活動休止期間はカラオケパブの経営者であり、伊藤がアイドル歌手であった頃のファンが度々訪れたという。

同期デビューの城みちると3、4年間交際していたことをお互い明かしている。


ひまわり娘


1974年4月20日発売の伊藤咲子のデビュー・シングル。

作詞は阿久悠、作曲はイスラエル人のシュキ・レヴィによる。

同年末の「第16回日本レコード大賞・新人賞」候補にも挙がったが、外国人による作曲の為に結局同新人賞にはノミネートされなかった。

リリース後も、伊藤咲子のモノマネをする際に歌われたり、伊藤自身が懐メロ番組で歌ったりと、代表曲のひとつとなっている。

wikipedia

伊藤咲子は、明るく元気で健康的なイメージの歌手でした。この曲もそんな曲です。



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ひまわり娘 (MEG-CD)

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posted by aritama at 15:22| Comment(0) | 1974年のヒット曲