2016年08月08日

渚ゆう子(京都慕情)

京都慕情


1970年12月1日に渚ゆう子のシングルとして発売した。

作詞: 林春生、作曲: ザ・ベンチャーズ

ザ・ベンチャーズが1970年11月25日に日本で発売したシングル「Reflections in A Palace Lake」を渚ゆう子がカバーした。

オリコンのシングルチャートで8週連続1位を獲得した前作「京都の恋」に続いてザ・ベンチャーズが作曲。

外国人による作曲ながら、和情緒溢れる雰囲気で大ヒットとなった。

オリコン週間2位

wikipedia

渚ゆう子といえばザ・ベンチャーズですよね、ザ・ベンチャーズは、今でも毎年のように日本公演をしています。結成メンバーであるドン・ウィルソンは、昨年引退しましたが、なんと今年83歳です。

ザ・ベンチャーズは、本当に日本で愛されたバンドです。

「京都の恋」も良いですが、「京都慕情」も良いですね!石井竜也がカバーしてますが、これも良いです。

ザ・ベンチャーズの「Reflections in A Palace Lake」も掲載します。これもすごく良いです。



にほんブログ村 音楽ブログ 懐メロ邦楽へ
良い曲だと思った人は左斜め上カッチとお願いします




京都慕情 [EPレコード 7inch]

にほんブログ村 音楽ブログ レコードへ
レコードランキング



ザ・ベンチャーズの「Reflections in A Palace Lake」


石井竜也の(京都慕情)

posted by aritama at 14:30| Comment(0) | 渚ゆう子

2009年03月01日

渚ゆう子(京都の恋)

渚ゆう子


大阪市浪速区出身の歌手

ハワイアン歌手としてレコードデビューの後、ベンチャーズ作曲・演奏の「京都の恋」を日本語の歌詞で唄って大ブレイクし一躍人気歌手となった

母親が沖縄、父親が大阪出身。幼少より両親の熱心な教育を受け、沖縄民謡と琉球舞踊を習熟する。

1964年 久葉真鶴(くばまづる)の芸名で芸能界入り。

1965年 マヒナスターズの前唄で出演した。そのとき、リーダー和田弘のすすめがあり上京。作曲家浜口庫之助に師事。ハワイアンを覚える。

1966年 「渚ゆう子」に改名(命名のごく初期は渚夕子)。(名付け親はマヒナスターズの松平直樹)

1967年 ハワイアン歌謡「早くキスして」でレコードデビュー。そのB面は「ルアウの火も消えて」どちらも東芝レコードのスチールギター奏者でハニーアイランダースのリーダー大橋節夫が作曲した。


京都の恋


1970年この年のシングルレコード売上げの年間第2位となった。

以上Wikipediaより抜粋




京都の恋
posted by aritama at 11:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 渚ゆう子