2019年03月06日

かぐや姫(神田川)

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神田川


1973年9月20日にシングル発売された南こうせつとかぐや姫が歌ったフォークソング。

作詞:喜多条忠、作曲:南こうせつ

文化放送で放送作家をしていた喜多条忠に、新曲のキャンペーンで訪れていた南こうせつが作詞を依頼した。

喜多条は帰宅後、新聞の折込チラシの裏に自らの学生時代のほろ苦い想い出を綴り、歌詞を作った。

仕上がった作品を電話口で伝えたところ、南は聞いた瞬間にもう旋律が浮かんでいたという。

第一番の歌詞にて、女性の側が銭湯の風呂上がりに、何時も待たされるという描写があるが、これは喜多条が銭湯で飼われていた鯉に餌をやり、観賞していた為である。

当初、この作品は『かぐや姫さあど』(LP、1973年7月20日発売)の収録曲だったが、当時南こうせつがDJを担当していたTBSラジオの深夜放送ラジオ番組『パックインミュージック』で本作を流したところ、聴取者からのリクエストが殺到し、同番組のリクエストランキング1位を獲得した。

これを受けて日本クラウン社内で制作会議を開いてシングル盤として発売するかどうかを決める際、名物プロデューサーであった馬渕玄三が「この曲は歴史に残る名曲になる。

これを出さなかったら日本クラウンは一生の恥をかくことになるぞ」と強力にシングルカットを推したため、「神田川」はフラット・マンドリンの演奏を追加したバージョンをレコーディングした上で改めてシングル盤として発売された。

このシングル盤は、最終的に120万枚または160万枚、200万枚以上を売り上げ、かぐや姫にとって最大のヒット曲となった。

Wikipedia

この曲は、四畳半フォークと言われています。その当時は4畳半1間風呂なしに住んでいる下宿している若者は普通でした。そんな貧しい恋人同士の歌詞が共感を呼び、この曲は大ヒットしました。

曲も素晴らしく、イントロのバイオリンがこの曲この詞にぴったりですね

四畳半フォークという言葉は、荒井由実が考え出したと言われているようです。

名曲中の名曲ですので、やはりカバーしている歌手が多いです。女性歌手のカバーが多いのには驚きました。カバーたくさん掲載しました。





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posted by aritama at 15:04| Comment(0) | かぐや姫

2016年10月17日

かぐや姫(赤ちょうちん)

かぐや姫(赤ちょうちん).jpg


かぐや姫


1970年代に活躍したフォークグループ。

メンバーは、リーダーの南こうせつ(ギター)、山田パンダ(ベース)、伊勢正三(ギター)の3人で、それぞれが作詞・作曲およびリードボーカルを担当する。

1970年 - 南こうせつ、森進一郎、大島三平の3人で『南高節とかぐや姫』(第1期かぐや姫)としてデビュー。

代表作は「酔いどれかぐや姫」など。よみうりテレビ『全日本歌謡選手権』にも出場し4週勝ち抜いたが次の週の挑戦を辞退

1971年 - 高校の後輩だった伊勢とカレッジフォークグループ「シュリークス」を脱退したばかりの山田と共に『南こうせつとかぐや姫』(第2期かぐや姫)を結成。

1971年9月25日 - シングル「青春」で再デビュー。

1974年「赤ちょうちん」をリリース(この曲からグループ名を「かぐや姫」に変更)


赤ちょうちん


1974年、かぐや姫の6枚目のシングルで、「神田川」に続く“四畳半三部作”の第2弾。

同年3月発売のアルバム『三階建の詩』に収録された。

作詞:喜多条忠 作曲:南こうせつ

オリコン週間チャート4位。累計売上は70万枚。

1974年、秋吉久美子の主演により、映画化された。

wikipedia

アルバム『三階建の詩』には、大ヒット曲が3曲収録されています。(22才の別れ)(赤ちょうちん )(なごり雪 )このアルバムは週間で1位、年間でも5位を獲得しています。

フォークソングの名盤ですね





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posted by aritama at 14:29| Comment(0) | かぐや姫