2016年10月02日

渡辺美里(My Revolution)

渡辺美里


東京都出身歌手

1983年高校の仲間とアマチュアバンドを結成。学園祭でステージに立つ。

1984年第3回ミス・セブンティーンコンテストに参加し、最優秀歌唱賞を受賞。

1985年4月、MBSラジオ『ヤングタウン』(水曜日)のパーソナリティーを務める。

5月2日、シングル「I'm free」でデビュー。

オリコンによれば、シングルランキング1位獲得は2作品にとどまっている一方(2位は8作品)、アルバムランキングは9作品が1位を獲得しており、このことからしばしばアルバム・アーティストなどと形容されることがある。

また、アルバム連続1位獲得年数ランキングでは、松田聖子、中森明菜、B'zらと並び、歴代5位(タイ記録)の8年連続1位獲得という記録を持つ。


My Revolution


マイ・レヴォリューションは、1986年1月22日に発売された渡辺美里の4枚目のシングルである。

週間オリコンチャートで初の1位を獲得し、シングル売上も44.5万枚を記録、現時点で渡辺の最大のヒット曲となっており、代表曲としても親しまれている。

作詞/川村真澄 作曲/小室哲哉

作曲を手がけた小室哲哉は、当時TM NETWORKとして既にデビューしていたとはいえまだ無名に近く、この曲で作曲者として(大衆に)認められたいという強い信念があり、曲が完成すると渡辺の待つスタジオに自ら足を運んで、ピアノ演奏でメロディーを伝えたという。

同曲の特徴ともいえる転調は、曲の途中で三度も上がるという、それまでの邦楽には珍しいもので、洋楽、特にモータウン系のコード進行に近いといわれる。

そのメロディーを聴いた渡辺は「体中に電気が走るほど『凄い!』と思った」といい、レコーディングエンジニアの伊東俊郎も思わず「この曲いいね!」とトークバックしたという逸話が残っている。

小室はこの曲がコンペで選ばれた事を電話口で聞いた時の感覚は、今でも忘れられないと語っている。

小室自身も、この曲がヒットしたことで後に「ああいう曲でちゃんと歌っていけばいいんだって、ヒット曲作りのコツや方向性みたいなものが見えた」と語っている。


作詞は川村真澄によるもので、渡辺美里本人と直接会話したときの印象から「ひとりでも強く自分でやっていける女の子という像が浮かんできた」「夜の街の中でひとりで走り抜けていくような、少し寂しさを背負った感じがした」とのイメージで作詞された。

後に渡辺はこの歌詞のイメージについて「クールな世界観で、今までにないタッチの詞世界」「『わかり始めた』って歌ってるんだけど、(歌詞の世界観が)全く分かってない」と歌詞の奥深さを語り、「歌い続けていく中で、その瞬間瞬間を突き動かしていく曲になっていった」と述べている。

wikipedia

この記事を作成する前に、この曲を改めて聴いてみたら、なんていい曲なんだろうと思いました。

そしてwikiを読んでいくと、多くの人がこの曲に感激し感動したようです。

渡辺美里本人は「体中に電気が走るほど『凄い!』と思った」と言っていますので、すごい衝撃だったのでしょう。

以前にも書きましたが、小室哲哉は新しい時代の曲を作った人だと思っています。まさにこの曲が新しい時代の曲という感じがします。



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posted by aritama at 14:18| Comment(0) | 渡辺美里