2016年09月02日

大澤誉志幸(その気×××(mistake))

その気×××(mistake)


(そのきミステイク)は、大沢誉志幸の4枚目のシングル。1984年にリリースされた。

同年発売のアルバム『CONFUSION』からの先行シングル曲。

作詞:銀色夏生/作曲:大沢誉志幸

資生堂の1984サマー・キャンペーン・イメージソングとして、ファンデーション・サンフレアのCMに起用された。

CMのキャッチフレーズは、「この夏、その気。サンフレアで夏を遊ぶ」で、イメージ・モデルはセリナだった。

この楽曲のヒットにより、大沢はテレビに初出演し、リリース同年の6月18日にフジテレビ系『夜のヒットスタジオ』で、生パフォーマンスを披露した。

wikipedia

資生堂のCMありましたので掲載します。



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CONFUSION

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posted by aritama at 15:15| Comment(0) | 大澤誉志幸

2016年03月21日

大澤誉志幸(そして僕は途方に暮れる)

大澤誉志幸


東京都杉並区高円寺出身の歌手、作曲家、音楽プロデューサー。

中学生の頃から兄がグループサウンズを聴いていた事から音楽に興味を持ち、ボブ・ディラン、オーティス・レディングなどを聴き始め、高校の学園祭でバンドを結成して音楽活動を始める。

駒澤大学在学中、初期はブルーグラスをやっていたが、のちにR&Bに傾倒。大学3年の1978年(昭和53年)にロックバンド「クラウディ・スカイ」を結成(大沢はボーカル、ギター担当)。

卒業後の1981年(昭和56年)4月にビクターからレコード・デビューするが、ヒット曲を出す事も出来ずバンドの方向性を巡って他のバンドメンバーとトラブルになった事から、アルバム1枚(『明日はきっとハレルヤ』)とシングル2枚(「悲しきコケコッコ」「私は蝉になりたい」)を残すのみで同年末に解散。

バンド解散直後の1982年1月、大沢は印税を前借りしてその金で単身渡米する。ニューヨークのクリストファー・ストリート近辺のロフトで約1年間過ごし、他のアーティスト(特にアイドル歌謡曲)へのプロデュース及び楽曲提供の傍ら、ジャズクラブや美術館に入り浸る日々を送っていた。

帰国後、エピックのディレクターに才能を見出され、ミュージシャン契約を結び、当時のロック・ミュージシャンとしてはかなり珍しいタイプで「アイドルへの積極的楽曲提供とプロデュース」で一躍売れっ子作曲家として注目を浴びる。

楽曲提供活動と並行しながらソロ活動を始め、1983年(昭和58年)6月22日に「大沢誉志幸」名義でシングル「彼女には判らない」、アルバム『まずいリズムでベルが鳴る』でソロデビュー。


そして僕は途方に暮れる


作詞:銀色夏生 作曲:大沢誉志幸

1984年アルバム『CONFUSION』からの2番目のシングルカット曲。

オリコン週間6位

wikipedia






CONFUSION


posted by aritama at 12:22| Comment(0) | 大澤誉志幸