2018年08月05日

カルメン・マキ(私は風)

カルメン・マキ(私は風).jpg


カルメン・マキ


神奈川県鎌倉市出身の歌手、ロックミュージシャン

アイルランド人とユダヤ人の血を引くアメリカ人の父と日本人の母との間に生まれる。

1968年、私立香蘭女学校高等学校を2年次で中退。

イラストレーターか役者になろうかと考えていた時期に、詩人の寺山修司が主宰していた劇団「天井桟敷」の舞台『青ひげ』にたまたま友人に連れられていった。

その舞台に感銘を受けた彼女は即入団を決意。

同じ年の8月に新宿厚生年金会館での「書を捨てよ町へ出よう」が初舞台。

この時、CBSソニーの関係者の目に止まり、歌手として契約。

芸名の「カルメン・マキ」はこの時期に舞台の練習中にたまたま思いついたものだという。

翌1969年に「時には母のない子のように」でデビュー。

17歳とは思えないその妖艶な雰囲気と歌唱力、そして哀愁のある歌いっぷりが話題を呼んだ。

1972年には当時18歳であったギタリストの春日博文らとともに「カルメン・マキ&OZ」を結成


私は風


1975年カルメン・マキ&OZのファーストアルバム『カルメン・マキ&OZ』に収録されているシングルヒット曲

アルバムは、10万枚以上を売る当時のロックアルバムとしては大ヒットとなった。

このアルバムに収録されている約12分にも及ぶ大作「私は風」は、のちにさまざまな歌手、ミュージシャンにカバーされ、その中でも特に中森明菜のものが有名である。

wikipedia

カルメン・マキは、ジャニス・ジョプリンを聴いて衝撃を受けロックに目覚めたそうです。

この曲を聴くとジャニス・ジョプリンに影響を受けたことがわかりますね

12分間という長い曲ですが、静けさと激しさの二面で作られた良いロックです。

中森明菜のカバー動画ありました。




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中森明菜


posted by aritama at 14:49| Comment(0) | 1978年のヒット曲
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