2017年08月08日

1986オメガトライブ(君は1000%)

1986オメガトライブ(君は1000%).jpg



1986オメガトライブ


1986年、前オメガトライブに在籍していた高島信二(ギター)、西原俊次(キーボード)に加え、新たに日系ブラジル人のカルロス・トシキ、菊池桃子、岩崎宏美のバックバンド(パイナップル・カンパニー)でギターを担当していた黒川照家を迎えて、プロデューサー藤田の第2弾プロジェクト『1986オメガトライブ』(ナインティーンエイティシックス - )としてデビュー。

1988年3月、黒川がバンドを脱退する。

グループ名を『カルロス・トシキ&オメガトライブ』に変更する。

改名の理由として、「黒川が脱退した以上、1986オメガトライブではなくなった」ことと、「(1986という)ネーミングが古くなってきた」ことが挙げられている。


カルロス・トシキ

ブラジル南部にあるパラナ州マリンガ出身の日系ブラジル人歌手

レストラン経営をする両親の元で育つ。

幼少時代はアメリカンポップスから日本の歌謡曲まで幅広く聞いて過ごし、小学校時代はコーラス部に所属。

9歳時にパラナ州歌謡大賞・童謡の部で優勝、ブラジル歌謡協会主催の全ブラジルに出場し16歳時に少年の部で優勝、17歳時に青年の部で西城秀樹の「ブルースカイブルー」を歌い優勝するなどの経歴を持ち、ブラジルの日系人社会では「歌のうまいトシキ」として有名であった。

1982年に来日し、CARLOS名義でソロのシングル盤「ルシア」でデビューする。


君は1000%


1986年5月1日にリリースされた1986オメガトライブのデビューシングル。

作詞: 有川正沙子、作曲: 和泉常寛

1986オメガトライブの知名度を上げた唯一の一曲であり、カルロス・トシキ在籍時のオメガトライブの代表曲である

「土曜グランド劇場」“新・熱中時代宣言”主題歌

この曲は、藤田浩一とのオーディションに合格し、事務所と契約を交わしたあと、藤田より「カルロスをもっと知りたいから一緒にハワイに行こう」と言われハワイに行き藤田と過ごしている際、藤田より「ポルトガル語と日本語の似てる言葉はありますか?」と聞かれて、カルロスが「日本語の1000(せん)は、ブラジルの100。100%は1000%です」と答えると、藤田より「それはおもしろい」ということになり、曲のタイトルが決まり、その場で藤田が作詞家に連絡して、「タイトルは『君は1000%』」というタイトルでの作詞を依頼した。

wikipedia

杉山清貴&オメガトライブの次が1986オメガトライブで、そしてカルロス・トシキ&オメガトライブになったんですね

杉山清貴のときのオメガトライブも人気がありましたが、カルロス・トシキに変わってからもヒット曲を連発しました。ベストテンに入った曲が6曲もあまります。

曲も良いのですが、カルロス・トシキの声に魅力がありますね

この曲がヒットしたのは覚えています。君は1000%という歌詞の部分が印象的です。




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posted by aritama at 14:55| Comment(0) | 1986年のヒット曲
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