2016年10月09日

前野曜子(別れの朝)

前野曜子


東京都中央区銀座に生まれの歌手

ペドロ&カプリシャスの初代ヴォーカルである。

1963年4月、川村高等学校に進学するも、満17歳になった1965年、同校を中途退学し、宝塚音楽学校に進む。

1967年、第53期生として宝塚歌劇団へ入団、同年の星組公演『世界はひとつ』が初舞台公演の演目であった。

同期は54名、室町あかねや小松美保がおり、前野の当時の芸名は弓 千晶。

1968年10月30日付で同劇団を退団した。

宝塚時代に知り合った亀渕友香とディスコ「赤坂ムゲン」で再会してリッキー&960ポンドに参加、翌1969年、「ワッハッハ」がヒットを記録する。

この頃は西丘 有理と名乗る。

1971年、同グループと同じ事務所に所属するペドロ&カプリシャスにヴォーカルとして参加、同年10月発売の「別れの朝」が大ヒットを記録する。


別れの朝


1971年10月にリリースされたペドロ&カプリシャスのメジャー・デビューシングルである。

ペドロ&カプリシャスの代表曲のひとつである。

作詞・作曲:ウッド・ユルゲンス、日本語詞:なかにし礼

原曲はオーストリアの歌手でウッド・ユルゲンスの「Was ich dir sagen will」(夕映えの二人)のカバーである。

なお原曲の歌詞と、なかにし礼が担当した日本語詞はかなり異なっている。

週間オリコンチャートではいきなり4週連続で1位を獲得し、シングル売り上げも55.7万枚を記録。

ペドロ&カプリシャスとしては最大のヒット曲となった。

wikipedia

この動画、前野曜子だけで歌っています。もしかするとペドロ&カプリシャスを脱退してソロになってからのものかもしれません。

(別れの朝)は大ヒットしましたが、原曲がオーストリアの歌手ウッド・ユルゲンスということを初めて知りました。



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別れの朝[EPレコード 7inch]

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Udo Jürgens&José Carreras --WAS ICH DIR SAGEN WILL, SAGT DIR MEIN KLAVIER

posted by aritama at 15:20| Comment(0) | 1971年のヒット曲
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