2016年08月03日

高中正義(渚・モデラート)

高中正義(渚・モデラート).jpg


高中正義


東京都品川区大井出身のギタリスト、ミュージシャン、音楽プロデューサーである。

1971年のデビュー以来、日本のロック界、フュージョン界を代表するギタリストの一人である。

高校3年生のとき、エイプリル・フールのコンサート中に酔っ払ったメンバーの「誰かギターを代わりに弾いてくれ」という呼びかけに応じて、客席から学生服のままステージに上がり演奏したことがプロ・デビューのきっかけとなる。

柳田ヒログループの一員として、1971年7月日比谷野音で開催された岡林信康の「狂い咲き」コンサートでバッキングを務める。

同年8月に、成毛滋とつのだ☆ひろのストロベリー・パスのサポートとしてロックイベント「箱根アフロディーテ」に出演、一カ月後に正規メンバーに迎えられフライド・エッグと改称するのだが、このプロデビュー時は本人の意に反してベースを担当させられていた。

フライド・エッグ解散後、加藤和彦が結成したサディスティック・ミカ・バンドに参加し、ここからプロ・ギタリストとして活動していくようになる。

同時期、スタジオ・ミュージシャンとしても活動しはじめ、各方面で頭角を現すようになる。

1975年、サディスティック・ミカ・バンド解散後は、残ったバンドメンバーの高橋幸宏、後藤次利、今井裕らとサディスティックスを結成する。

翌1976年、自身初のソロアルバム『SEYCHELLES』を発表し、以降はサディスティックスとソロ活動を併行していくようになる。

他のメンバーもソロ活動と掛け持ちし、いずれもソロ活動のほうに比重を置くようになったため、サディスティックスは自然消滅するように1978年に解散していった。

サディスティックス解散後はソロ・アーティストとして活動していき、毎年コンスタントに1〜2枚のペースで発表していったソロアルバムは、自身のオリジナル曲を中心としたギター・インストゥルメンタル曲で構成されたことにより、それまでのロックから当時盛り上がりはじめていたフュージョンのフィールドに活動がカテゴライズされるようになる。


渚・モデラート


1985年アルバム「TRAUMATIC極東探偵団」に収録されているヒット曲

wikipedia

1985年あたりはフュージョンブームでした。フュージョンとはジャズを基調にロックやラテン音楽、R&B、電子音楽などを融合(フューズ)させた音楽のジャンルです。なので演奏者が歌うということはないですが、たまにあるかもしれません。

フュージョンブーム、トロピカル・ブームで高中正義は人気がありました。私も「TRAUMATIC極東探偵団」をカセットに録音してました。

「TRAUMATIC極東探偵団」の曲の中で一番人気がある曲が(渚・モデラート)です。最高ですよ!

この時期、素敵な夜の浜辺でカクテルを飲みながら、バックグランドミュージックにこの曲が流れたら、シビレテもうどうにかなっちいますよ(笑)





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ナギサ'91(渚・モデラート91年バージョン)




posted by aritama at 14:52| Comment(0) | 1985年のヒット曲
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