2016年07月22日

ダウン・タウン・ブギウギ・バンド(港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ)

ダウン・タウン・ブギウギ・バンド


1972年末にサディスティック・ミカ・バンドに対抗した長いバンド名「ダウン・タウン・ブギウギ・バンド」を思いついた宇崎竜童が、当時のバンド仲間(アマチュア)にレコーディングの話を持ちかけたところ全員怖気づいて解散状態になる。

その後メンバー集めに奔走し、1973年4月に改めてバンドを結成、ダウン・タウン・ブギウギ・バンドと命名する。同年12月にシングル「知らず知らずのうちに」でデビュー。

1974年12月に「スモーキン・ブギ」、1975年3月に「港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ」を発表。

基本的にブルースを基調としたロックサウンドを展開するバンドだったが、流行語化した「港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ」内のフレーズ「あんた、あの娘のなんなのさ?」に見られるようなコミカルな部分が注目され、人気バンドとなる。

1975年末には第26回NHK紅白歌合戦に出場し、「港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ」を演奏。

その後もヒット作を多く発表したが、1970年代末にロック路線を望むバンドとコミカル路線を望むレコード会社の間に大きな溝が出来た。

「港のヨーコ」のイメージから脱却するため、1979年12月31日の「ASAKUSA NEW YEAR ROCK FESTIVAL'79-'80」を最後に、過去の楽曲を「封印」。

1980年にダウン・タウン・ファイティング・ブギウギ・バンドに改名し、ダウン・タウン・ブギウギ・バンド時代の楽曲は演奏せず、トレードマークだったツナギを着るのも止め、シリアスなブルースとロックを追求することになる。

翌1981年12月31日、ASAKUSA NEW YEAR ROCK FESTIVAL'81-'82」を最後に解散した。


港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ


作詞:阿木燿子 作曲:宇崎竜童

1975年4月20日に発売されたダウン・タウン・ブギウギ・バンド4作目のシングル曲。

オリコンチャートの週間順位で5週に渡り1位を獲得。

1975年のオリコン年間ヒットチャートでは第5位にランクインし、さらに大晦日の『第26回NHK紅白歌合戦』に初出場をした。同じく同年開催の第17回日本レコード大賞では、企画賞を受賞している。

発売当初は「カッコマン・ブギ」をA面にして発売された。これは前作「スモーキン・ブギ」がヒットしたことで、次のシングルもブギ物としたものだが、発売前に表題曲が有線チャートで急上昇したため、発売1か月後に「港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ」をA面に格上げして再発売した。

累計売上はミリオンセラーに達した。

wikipedia

ダウン・タウン・ブギウギ・バンドて、この動画でもわかるように不良の集まりと思う人もいるでしょうが、実は全員、不良ではありません。その当時キャロルが人気があって、不良ぽいのが受けると思い、サングラスにつなぎ姿にしたようです。

宇崎竜童は、明治大学法学部を卒業しています。そこで、阿木燿子と出会い結婚したんです。この曲の作詞は、阿木燿子ですが、阿木燿子のデビュー作だそうです。

デビュー作でこんなしゃれた曲を書くんですね、その後も宇崎竜童、阿木燿子は多くの歌手に、曲、詞を提供していますね

そういえば、NHKのアナザーストーリーズ 運命の分岐点で、ビートルズの来日をやってましたが、宇崎竜童は、ビートルズの来日講演に行ったそうで、そこでかなり影響を受けたと言っていました。



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ダウン・タウン・ブギウギ・バンド-港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ

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posted by aritama at 15:32| Comment(0) | 1975年のヒット曲
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