2009年03月01日

渚ゆう子(京都の恋)

渚ゆう子


大阪市浪速区出身の歌手

ハワイアン歌手としてレコードデビューの後、ベンチャーズ作曲・演奏の「京都の恋」を日本語の歌詞で唄って大ブレイクし一躍人気歌手となった

母親が沖縄、父親が大阪出身。幼少より両親の熱心な教育を受け、沖縄民謡と琉球舞踊を習熟する。

1964年 久葉真鶴(くばまづる)の芸名で芸能界入り。

1965年 マヒナスターズの前唄で出演した。そのとき、リーダー和田弘のすすめがあり上京。作曲家浜口庫之助に師事。ハワイアンを覚える。

1966年 「渚ゆう子」に改名(命名のごく初期は渚夕子)。(名付け親はマヒナスターズの松平直樹)

1967年 ハワイアン歌謡「早くキスして」でレコードデビュー。そのB面は「ルアウの火も消えて」どちらも東芝レコードのスチールギター奏者でハニーアイランダースのリーダー大橋節夫が作曲した。


京都の恋


1970年この年のシングルレコード売上げの年間第2位となった。

Wikipedia




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posted by aritama at 11:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 渚ゆう子
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