2019年09月27日

織田哲郎(愛を探して)

織田哲郎(愛を探して).jpg


織田哲郎


東京都出身の作曲家、音楽プロデューサー、シンガーソングライター

13歳の時に父親の仕事の都合で渡英、中学時代をイギリス・ロンドンで過ごし15歳で帰国。

帰国後は両親の出身地である高知県高知市で過ごし、この頃にギターと出会う。

幼少時はブリティッシュ・ロックやアメリカンフォークを好んで聴いていた。

1978年 - 「スピニッヂ・パワー」の1stシングル「POPEYE THE SAILORMAN」にコーラスとして参加。

1979年 - 「スピニッヂ・パワー」の2代目ボーカリストに就任し、楽曲のほとんどの作曲をてがける。

また、ディスコミュージック路線のバンド「MSマシーン」を結成し、シングルを3枚リリースした。

1980年 - バンド「織田哲郎 & 9th IMAGE」結成。

アルバム『DAY and NIGHT』をリリースしたが、1981年にバンドは解散。

その後ソロ活動、事務所設立を行う。

1983年 - アルバム『VOICES』でソロ・デビュー。


愛を探して


1987年8月26日に発売された織田哲郎のアルバム『Ships』(シップス)に収録されているシングルヒット曲

作詞:作曲 織田哲郎

Wikipedia

織田哲郎はシンガーでは、それほど有名ではありませんが、作曲者、プロデューサーとしては、多くの曲を提供してヒット曲もたくさんあります。

特に、織田哲郎を有名にした曲は、TUBEの(シーズン・イン・ザ・サン)ですね





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posted by aritama at 14:46| Comment(0) | 1987年のヒット曲

2019年09月14日

徳永英明(輝きながら…)




輝きながら…


1987年7月5日に発売された徳永英明の4枚目のシングル。

作詞:大津あきら 作曲:鈴木キサブロー

週間オリコンチャートにおいては自身初めて10位以内に入り、最高4位迄上昇するヒット曲となった。

徳永の出世作としてもよく知られている楽曲であるが、当作品はシンガーソングライターとして自身が制作したものでは無かった。

その為に、当時の徳永本人は「正直複雑で、素直には喜べなかった」と語っている。

Wikipedia

自身が作曲して大ヒットしたわけではないので、「素直には喜べなかった」とのことですが、徳永英明にぴったりの曲という気がします。徳永英明が唄ったことで、ザ・ベストテンの2位にまで大ヒットしたと思います。

CMにも多く使用され、特に南野陽子が出演したフジカラー・スーパーHRのCMが有名です。動画ありました。

「Don't Say Goodbye」という曲名で、香港や台湾の歌手もカバーしています。掲載しました。







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posted by aritama at 16:03| Comment(0) | 徳永英明