2019年07月28日

相本久美子(揺れながらハーバーライト)




相本久美子


東京都港区出身の女優、タレント、元アイドル歌手

中学3年在学中の1973年9月1日、牧葉ユミのサイン会場に於いて牧葉本人から直接スカウトされ、1974年9月21日、「近藤久美子」の芸名とシングル『小さな抵抗』で歌手デビューする。

1975年、雑誌の企画で西城秀樹と共演したことがきっかけで芸映プロに移籍する。

相本によれば複数の新人歌手と西城との連載企画だったが、取材終了後、西城が芸映に彼女の移籍を推薦したという。

翌1976年、芸名を本名の「相本久美子」に改名。

以降、歌・ドラマ・司会・雑誌のグラビアと多方面で活躍し、マルチタレントの先駆け的な存在となった。

代表的な仕事としては1976年から1981年まで務めた『TVジョッキー』の司会が挙げられる。

メイン司会の土居まさるの補佐兼マスコット的なポジションだったが、この番組は生放送だったこともあってハプニングが絶えず、頭の回転が速い彼女は時に、蛇が苦手だった土居(出てくると場を放棄して逃げていた)に代わって進行を取り仕切ったことも多々あった。

また、当時『TVジョッキー』の衣装にミニスカートを選ぶことが多く、均整の取れたスタイルと長い手足にミニの衣装や水着がよく映えたことから、この時期、数多くの雑誌のグラビアや表紙を飾ることになった。

歌手活動に関しては、彼女自身の歌唱は一定の水準を満たしていたが、事務所移籍後、積極的に取り組んだのが二十歳前後と、アイドル歌手としてはやや年齢が高かった。

またアイドル歌謡全体がニューミュージックの台頭で一時停滞し、その後いわゆる1980年デビュー組によって一気に世代交代した時期と活動期間が重なったこともあり、レコードセールス的には振るわず、各種賞番組に絡むことはなかった。

1982年以降は芸能活動の中心をドラマに移し、数多くの作品に出演する。


揺れながらハーバーライト


1981年3月21日に発売された相本久美子のシングルヒット曲

作詞:小林和子 作曲:穂口雄右

Wikipedia

相本久美子は、ベストテンに入った大ヒット曲はありませんが、その当時は人気がありました。やはり『TVジョッキー』の司会を務めたことが大きかったと思います。

可愛いしスタイルも良く『TVジョッキー』も高視聴率番組でしたので、当然大人気になりますね

「近藤久美子」でデビューした曲もありましたので掲載しました。






にほんブログ村 音楽ブログ 歌謡曲へ

懐かしいと思った人は左斜め上カッチとお願いします






近藤久美子




にほんブログ村 音楽ブログ 懐メロ邦楽へ








posted by aritama at 13:35| Comment(0) | 1981年のヒット曲

2019年07月19日

菊池桃子(Say Yes!)





Say Yes!


セイ・イエスは、菊池桃子が1986年9月3日にリリースした9枚目のシングル

作詞:売野雅勇 作曲・編曲:林哲司

菊池のシングル曲として、売野雅勇が本作で初めて作詞を担当した。

オリコンチャートおよび『ザ・ベストテン』において、初登場で1位を獲得した。

Wikipedia

菊池桃子は、可愛い顔をしていました。80年代後半は人気も凄かったです。85年から二年間は、シングルが7曲連続1位を獲得しています。

でも、90年代は歌手活動は止め、女優に専念したようです。女優でも活躍しましたね





にほんブログ村 音楽ブログ 歌謡曲へ

懐かしいと思った人は左斜め上カッチとお願いします






にほんブログ村 音楽ブログ 懐メロ邦楽へ







posted by aritama at 14:09| Comment(0) | 1986年のヒット曲