2017年02月20日

高井麻巳子(約束)

高井麻巳子


福井県小浜市出身の元アイドル

1985年から女性アイドルグループおニャン子クラブのメンバーで、会員番号は16番として芸能活動を行っていた。

1985年に福井県立若狭高等学校を卒業。

若狭高校時代は、取り立てて目立つ言動はしない生徒であったが、明るく快活な性格で友人も多く、人気者であった。

ミス若高(じゃっこう)と呼ばれていた。

高等学校卒業後、美術大学進学を目指して予備校へ入学すべく上京。

1985年4月、『夕やけニャンニャン』内のコーナー「アイドルを探せ」の出場者をスカウトをする企画で、原宿を歩いているときに伊藤克信にスカウトされる。

同コーナーで「青い珊瑚礁」を歌い、おニャン子クラブ会員番号16番としてデビュー。

同年9月、おニャン子クラブから初のソロデビューとなった河合その子のキャンペーンに「with おニャン子クラブ」として同行。

同年10月、岩井由紀子と2人でうしろゆびさされ組を結成、アニメ『ハイスクール!奇面組』の主題歌『うしろゆびさされ組』でユニットデビュー。

1986年6月、『シンデレラたちへの伝言』でソロデビューし、オリコン初登場1位を獲得。

うしろゆびさされ組の活動と並行してシングル、アルバムを定期的に発売。


約束


1986年12月21日発売の高井麻巳子の3枚目のシングル

作詞: 売野雅勇、作曲: 八田雅弘

オリコン1位

wikipedia

高井麻巳子てすごい人気があったんですね!デビュー曲から連続4曲オリコン1位です!5曲目も2位ですので、その当時の人気の凄さが数字に出ています。



にほんブログ村 音楽ブログ 懐メロ邦楽へ
良い曲だと思った人は左斜め上カッチとお願いします


約束【7インチ・EP盤】

にほんブログ村 音楽ブログ レコードへ
レコードランキング


posted by aritama at 12:51| Comment(0) | 1986年のヒット曲

2017年02月17日

陣内孝則(涙のモーターウェイ)

陣内孝則


福岡県大川市出身の俳優、歌手、タレント、映画監督

上野義美に博多でスカウトされ、ザ・ロッカーズのボーカルとしてデビューする。

当時は桑名正博の前座としても活動していた。

バンド解散後、役者に転向。

転向後は浅野ゆう子らとともにトレンディドラマに出演して顔が知られる。

その後は途切れることなく多くの映画やテレビドラマに出演し続けている。

上京のきっかけは『ザ・ベストテン』で同郷の先輩である大川栄策がタンスを担いで出演したのを見て「俺も何かせんといかん」と決意したから(父親には「そんなもので食っていけるのか?」と言われ「俺は夢を食って生きていく!」と言い返した)

「音楽で食っていけるんなら音楽を続けていたかったが、そういうわけにも行かなかったので俳優をやっている」とも発言している。

ロッカーズ時代にルースターズの大江慎也、池畑潤二らも出演した『爆裂都市 BURST CITY』が俳優デビュー作で、それ以降、音楽活動はほとんど行なっていない。

wikipedia



涙のモーターウェイ


1981年陣内孝則が在籍していたザ・ロッカーズのシングル

1988年陣内孝則がセルフカヴァーしたシングルヒット曲

作詞・作曲:陣内孝則

陣内孝則は役者で成功しましたので、バンドや歌手としての陣内孝則は、あまり有名ではありませんでした。

動画では、メイクもしていて役者とはかなりイメージが違いますね!



にほんブログ村 音楽ブログ 懐メロ邦楽へ
良い曲だと思った人は左斜め上カッチとお願いします


SHAKIN'

にほんブログ村 音楽ブログ レコードへ
レコードランキング


posted by aritama at 14:35| Comment(0) | 1988年のヒット曲

2017年02月14日

永井真理子(ミラクル・ガール)

永井真理子


静岡県御殿場市出身のミュージシャン・歌手

永井の実家は静岡県御殿場市で美容室を営んでいたが、父が病気であったことや家庭を思い美容室を継ぐか迷っていた。

しかし母により、広い世界を見てそれから自身の人生を選択するように助言され、子供が好きなこともあり、まずは保育士を目指して大学進学とともに上京する。

都内での暮らしは楽なものではなかったが、自身には夢があり、そのような暮らしは苦にならなかったという。

大学では音楽活動もしたいと思っており、知り合いの紹介で中央大学のバンド「WIZARD」にコーラスとして加わる。

やがて「WIZARD」のボーカルが辞め、永井がボーカルを務めることになった。

このバンドでの経験により、永井は音楽の世界に魅せられその活動に没頭した。

ところが、後に「WIZARD」は解散してしまう。

永井は音楽を諦められず、自ら後に契約することになるファンハウスへデモテープを持参した。

デモテープを聴いた同社の音楽関係者から好感触を得て、永井の通っていた大学の学園祭で、自身のライブを見てもらうことになった。

永井は即席のバンド「Dance」を結成しライブを行ったが、この中には後に永井に多くの楽曲を提供することになる前田克樹の姿もあった。

ライブの翌日に音楽関係者より連絡があり、デビューを前提にアルバム上機嫌の制作を行うことになった。

ただ、大学は辞めずにレコーディングなどを行い、大学卒業後の1987年にファンハウスより「oh,ムーンライト」でデビューした。

デビュー後の1980年代後半から1990年代前半にかけ、ボーイッシュな雰囲気で人気を得て、「ミラクル・ガール」、「ZUTTO」など多くのヒット曲を生んだ。

wikipedia

ミラクル・ガール


1989年10月1日発売の永井真理子9枚目のシングル

作詞:亜伊林 作曲:藤井宏一

オリコン9位

1990年アルバム『Catch Ball』(キャッチボール)に収録されている大ヒット曲

永井真理子は、ボーイッシュな雰囲気で人気だったのですが、今見ると本当に男の子みたいですね!

髪型もまことちゃんみたいです!!

曲はいい曲ですよ、声は女性らしい声です。



にほんブログ村 音楽ブログ 懐メロ邦楽へ
良い曲だと思った人は左斜め上カッチとお願いします


Catch Ball

にほんブログ村 音楽ブログ レコードへ
レコードランキング


posted by aritama at 15:28| Comment(0) | 1989年のヒット曲