2017年07月19日

坂本スミ子(夜が明けて)

坂本スミ子


大阪府大阪市東住吉区出身のラテン・歌謡曲の歌手、俳優

学生時代から発声をクラシックの木下保のもとで学び、プール学院高等部卒業。

NHK大阪合唱団を経て、大阪キューバン・ボーイズの近藤正春の勧めもあり、ラテン歌手として独立、デビュー。

しかし、当初は歌手として全く売れず、鳴かず飛ばずだった。

1959年12月、アイ・ジョージと共に、トリオ・ロス・パンチョスの日本公演の前座歌手となり、「ラテンの女王」として一躍名が知れ渡り、人気歌手への階段を上る。

また、1961年から始まったテレビ番組『夢であいましょう』では主題歌も歌い、NHK紅白歌合戦には1961年から1965年まで5回連続出場した。


夜が明けて


1971年10月21日に発売された坂本スミ子のシングル

作詞:なかにし礼/作曲:筒美京平

なかにしは「ぬけがら」「たばこのけむり」「かみの毛」「すいがら」「くちびる」「おんな」「ひとり」など、本来漢字で書ける単語を意識的にひらがなで書き、別れの哀しさを歌った歌詞に仕上げる。

筒美は全体をアンデスのフォルクローレをフィーチャーした歌謡曲に仕上げ、アレンジの面では、チャランゴやケーナといった民族楽器のサウンドを、12弦及びガット弦の生ギターとリコーダーでシミュレートし、作品を完成させる。

本作はチャート最高位14位、25週にわたりチャートインするロングセールスを記録し、坂本にとって久々のシングルヒットとなった。

wikipedia

坂本スミ子て誰だ?と思った人も多いと思います。私もそう思いました。でも顔を見て思い出しました。動画を観て、ショートヘアの坂本スミ子懐かしいと思いました。

この曲も覚えています。サイモン&ガーファンクルの曲のような感じがしました。良い曲です。



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ファースト・ゴールデン・アルバム 夜が明けて

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posted by aritama at 12:10| Comment(0) | 1971年のヒット曲

2017年07月12日

岩崎宏美(すみれ色の涙)

すみれ色の涙


1981年6月にリリースされた岩崎宏美の25枚目のシングル

作詞:万里村ゆき子、作曲:小田啓義

前作「恋待草」に続く「草花シリーズ」第2弾

第23回日本レコード大賞・最優秀歌唱賞受賞曲。

本作品はカバー曲である。

オリジナルは1968年に、ジャッキー吉川とブルーコメッツがリリースした「こころの虹」のB面に収録されていた。

岩崎は、新曲制作会議において、姉が所有していたジャッキー吉川とブルーコメッツのレコードを持参したところ採用されたと語っている。

wikipedia

1968年のB面だった曲が、岩崎宏美が歌ったことで大ヒットになったわけですが、この曲は作詞が女性で女性の詞ですね、なので男性のジャッキー吉川とブルーコメッツが歌うより、女性が歌ったほうが良いのだと思いました。

68年ですからグループ・サウンズ全盛の時期です。この曲もその時代を感じさせるいい曲です。

動画2つ掲載しましたが、1つはリチャード・クレイダーマンと共演の動画ですよ



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すみれ色の涙 (MEG-CD)

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posted by aritama at 13:02| Comment(0) | 岩崎宏美

2017年07月08日

上條恒彦(出発の歌)

上條恒彦


かみじょう つねひこは長野県東筑摩郡朝日村出身の歌手、俳優・声優。

長野県東筑摩郡朝日村に生まれる。

朝日中学校を経て長野県松本県ヶ丘高等学校を卒業後、1958年4月に上京。

大森の雑貨品問屋の住み込み店員を手始めに、新聞配達、サンドイッチマン、うたごえ喫茶の歌手など約15種類の職業を経験する。

1964年3月、初めて労音で勤務し、後に歌手としてデビューするきっかけとなる。

1969年、NHKのステージ101の初期メンバーとしてレギュラーになるが、年長で別格扱いであった。

1971年、グループ「六文銭」と共演した『出発の歌(たびだちのうた)』で、三重県合歓の郷で開催された「ポピュラーソング・フェステバル'71」のグランプリを受賞


出発の歌


『出発の歌 -失なわれた時を求めて-』(たびだちのうた -うしなわれたときをもとめて-)は、1971年11月にリリースされた上條恒彦の3枚目のシングルである。

作詞:及川恒平、作曲:小室等

フォーク・グループ六文銭と共演した曲。

ヤマハ音楽振興会主催の「第2回世界歌謡祭」でグランプリを受賞した。

オリコン5位

wikipedia

上條恒彦は、俳優としてのほうが有名なのかもしれないですね、でも70年代前半は、髭面で歌う歌手、上條恒彦は有名でした。私もよく覚えています。この曲がヒットしたのも記憶に残っています。



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posted by aritama at 15:47| Comment(0) | 1971年のヒット曲