2018年11月13日

河合その子(涙の茉莉花LOVE)

河合その子(涙の茉莉花LOVE).jpg


河合その子


愛知県知多郡横須賀町(現 東海市)出身の元歌手、80年代アイドル

女性アイドルグループおニャン子クラブの元メンバーで、会員番号は12番

1983年CBSソニー主催のオーディション「ティーンズ・ポップ・コンテスト」で準優勝となり、ソニーに所属し芸能界入りのきっかけを作る。

このコンテストは楽器演奏を条件としていて、川島みき(後の川島だりあ)や宮原学なども参加していた。

第2回の優勝者が谷村有美ということからも、アイドル系のオーディションとはやや趣向が異なっていた。

しかしその後はレコード会社対抗の運動会にソニー代表で呼ばれた以外は何の音沙汰もなく、日本福祉大学付属高等学校を卒業後、コンピューター系専門学校に進学する。

1985年3月、既に就職も内定していたが、4月から始まるフジテレビの新番組『夕やけニャンニャン』のオーディションコーナーに出てほしいとの誘いを受け、「2日くらいで済むだろうから帰りに原宿行ってショッピングでもしよう」と気軽な気持ちで承諾し、4月1日から番組内の「ザ・スカウト アイドルを探せ!」の第1回目に出場するや、140点という高得点で合格。

この得点は、立見里歌の142点に次ぐ歴代2位の記録であった。同時に合格した内海和子、富川春美と共に、翌週からおニャン子クラブのメンバーとして活動を開始。

7月、ドラマ『スケバン刑事』に悪役としてゲスト出演し、おニャン子クラブのメンバーとしては初のソロ活動を開始した。

9月、CBSソニーから「涙の茉莉花LOVE」で、おニャン子クラブから最初のソロデビューを果たす。


涙の茉莉花LOVE


1985年9月1日発売の河合その子のソロデビューシングル。

作詞: T2 作曲:後藤次利

初チャートイン第5位、翌週のオリコンシングルチャートにて第1位を獲得した。

作詞者の"T2"とは、ディレクター・稲葉竜文と後藤次利の共同ペンネームである。

曲の初めと終わりの部分で、キーボードを自ら弾くパフォーマンスが見られた。

河合その子の1枚目のオリジナルアルバム『その子』に収録されている大ヒット曲

wikipedia

茉莉花は、そのまま読むと(まつりか)になりますが、この曲ではジャスミンと読ませ、(なみだのジャスミン・ラヴ)がタイトルです。茉莉花の品種が「アラビアジャスミン」とのことでした。

河合その子は、おニャン子の中でも人気が高かったようですね、ヒット曲も多いです。

この曲の作曲者、後藤次利と結婚しています。




にほんブログ村 音楽ブログ 歌謡曲へ
懐かしいと思った人は左斜め上カッチとお願いします






にほんブログ村 音楽ブログ 懐メロ邦楽へ


posted by aritama at 16:44| Comment(0) | 1985年のヒット曲

2018年11月04日

小柳ルミ子(お久しぶりね)

小柳ルミ子(お久しぶりね).jpg


お久しぶりね


1983年7月に発売された小柳ルミ子の37枚目のシングルである。

作詞・作曲:杉本真人

発売は1983年7月であったが、約半年がたった翌1984年になって、オリコンチャートでBEST10入りとなる、週間最高8位まで上昇した。

なお現時点で小柳ルミ子自身シングル曲のBEST10入りは、当曲が最後となっている。

バックコーラスは、当時、小柳の担当マネージャーが担当していた。

1983年12月8日放送のTBSテレビ『ザ・ベストテン』の「今週のスポットライト」コーナーで、1980年3月の「来夢来人(ライムライト)」以来、4年近くぶりに同番組に出演。

ザ・ベストテン5位

wikipedia

小柳ルミ子は70年代のアイドル歌手でした。その当時は凄い人気でした。本当に可愛かった。80年代は大人の雰囲気で、セクシーな衣装で歌うことも多かったと思います。ザ・ベストテンの動画掲載しましたが、やはり凄い衣装で登場でした。

この曲は出だしの静かなメロディーから、テンポがよいノリがある曲になっています。カラオケで大人気の曲でした。いい曲ですよ。





にほんブログ村 音楽ブログ 歌謡曲へ
良い曲だと思った人は左斜め上カッチとお願いします






にほんブログ村 音楽ブログ 懐メロ邦楽へ


posted by aritama at 16:10| Comment(0) | 小柳ルミ子